昔が悪いわけじゃない。ただ、必要なものが変わってきた。
辞めたい訳じゃない。ただ、今日も行くのが少し怖い。
「今日は何を聞かれるんだろう」
「また迷惑をかけてしまうかもしれない」
「次はちゃんとできるだろうか」
そんなことを考えながら、重たい足を前に出して、職場へ向かう。
メモは取っている。
家に帰って見返している。
教わったことを忘れないように頑張っている。
それなのに、動かなければ「指示待ち」。
動けば「勝手にやらないで」。
質問すれば「前も説明したよね」。
すると今度は、
「今聞いていいのかな。」
「これくらい自分で考えるべきかな。」
「また怒られるかな。」
そして気付く。
仕事ができないことより、”分からないと言うこと”の方が怖くなっていることに。
この記事は、誰かを責めるためのものではありません。
昔の教え方が悪かったわけでも、今の若い人が弱くなったわけでもない。
ただ、働き方も、覚える量も、求められることも変わった今、
少しだけ、「なぜこんなすれ違いが起きるのか」を整理してみたいと思います。
覚えることが多すぎる時代の職場
新しい職場に入ったとき。
あるいは、新しい仕事を任されたとき。
メモを取る手が追いつかないまま、次の説明が始まる。
聞いたことのない専門用語。
初めて触るシステム。
覚えることは、次から次へと増えていく。
「とりあえず見ててね。」
そう言われて隣で見ていても、何を見ればいいのか分からない。
どこが大事なのか。
何を覚えればいいのか。
そもそも、何を質問したらいいのかすら分からない。
気付けば、メモだけが何ページも増えていく。
昔に比べて、仕事は便利になったと言われます。
けれど、その分だけ覚えることや求められることも増えました。
システム操作、専門用語、例外対応…
今の職場には、「見て覚える」だけでは追いつかない場面が多々あります。
業務を始めたばかりの頃は、頭が真っ白になってしまうこともある。
家に帰ってからメモを見返して、不安になることもある。
「自分だけができていないんじゃないか。」
そんなふうに思いながらメモを見返した夜は、きっとあなただけではありません。
一生懸命に覚えようとしている人ほど、同じように悩んでいます。
人によって違う教え方に戸惑う
そして、少し仕事に慣れてきた頃。
今度は別の壁にぶつかることがあります。
「あれ?」
「前に教わったやり方と違う。」
Aさんに教わった方法で作業すると、
「それじゃなくて、こっちのやり方で。」
と言われる。
次の日には、
「私は前のやり方の方がやりやすいけどね。」
と言われる。
気付けば、
「誰のやり方を覚えればいいんだろう。」
と悩むようになる。
職場には、マニュアルには載っていない経験や工夫がたくさんあります。
長く働いている人ほど、自分なりのやり方や効率の良い方法を持っています。
だからこそ、教える人が変わると、伝えられる内容も少しずつ変わっていくことがあります。
けれど、教わる側からすると、その違いはなかなか見えません。
「前はこう教わりました。」
たったその一言が、なぜか言えなくなってしまうことがあります。
言い訳をしているように聞こえるかな。
反論していると思われるかな。
教えてくれた人の名前を出しても大丈夫かな。
誰かのせいにしているように受け取られないかな。
そんなことを考えているうちに、結局何も言えなくなってしまう。
分からないことは、そのまま残っていく。
次は間違えないように。
怒られないように。
迷惑をかけないように。
そう思うほど、少しずつ慎重になっていく。
それは、能力が足りないからではありません。
教わったことを間違えたくない。
教えてくれた人に迷惑をかけたくない。
だからこそ、人は正解を探して迷います。
頑張っているのに空回りする
けれど、正解が見えないまま仕事をしていると、今度は別の悩みが生まれます。
そして、その迷いは時に「動けなさ」に変わっていきます。
教わったことを思い出しながら、自分なりに考えて動いてみる。
けれど、その行動が必ずしも正解とは限らないことがあります。
指示を待っていると、
「言われる前に動いてほしい。」
と言われる。
だから次は、自分なりに考えて動いてみる。
すると今度は、
「勝手にやらないで。」
「一言確認してからにして。」
と言われる。
何をすれば良かったんだろう。
どこまでなら動いて良かったんだろう。
少しずつ、自分で判断することに迷い始める。
そして、
「まず、確認しよう。」
「指示を待った方がいいかな。」
と、足が止まってしまいます。
職場には、マニュアルには書かれていない暗黙のルールや、その場の空気で判断していることがあります。
けれど、それは長く働いている人には当たり前でも、教わる側には見えません。
見えていないものを、最初から分かる人はいません。
見えないルールの中で迷ってしまうのは、自然なことなのです。
気付けば、「動くこと」そのものが怖くなってしまうこともあります。
「聞いていいのかな」と悩む
そうなると、次に難しくなるのが「質問すること」です。
分からないことがあった時。
本当は、その場で聞けたら一番早い。
けれど、頭では分かっていても、なかなかそうできないことがあります。
忙しそうに動いている背中。
誰も手を止めていない空気。
周りはどんどん仕事話進めていく。
「今、声をかけて大丈夫かな。」
気付けば、聞けないまま時間だけが過ぎていく。
そして、勇気を出して聞いたときには、
「ここ、前にもやったよね。」
「覚えてるかな?」
「一度説明したと思うんだけど。」
そんな言葉に出会ってしまうこともある。
もちろん、教える側に悪気があるわけではありません。
時間に追われていたり、自分の仕事を進めながら教えていたり、余裕がないこともあります。
それでも、教わる側は
「もう聞かない方がいいかな。」
と考えてしまう。
教える側の「教えた」と、教わる側の「理解できた」は、必ずしも同じではありません。
聞いていないのではなく、理解が追いついていないこともある。
聞く気がないのではなく、聞くこと自体が怖くなってしまうこともあるのです。
その間には、言葉にならない不安や戸惑いがあるのかもしれません。
教える側も、本当は余裕がない
もちろん、それは教える側に悪気があるからではありません。
教える側も、本当は必死です。
教育担当と言っても、教えることだけが仕事ではありません。
目の前の仕事を進めながら。
お客様の対応をしながら。
現場を回しながら。
その合間で、新しく入った人の様子を見て、声をかけて、教えていく。
人手が足りない現場ほど、その余裕は少なくなっていきます。
本当はもう少しゆっくり教えたい。
分かるまで一緒に確認したい。
けれど、次の仕事が待っている。
時間に追われながら、焦りやプレッシャーを抱えている人もいるかもしれません。
そして、教える側の中には、
自分自身も「見て覚えて」と言われながら育ってきた人がいます。
分からないことは、自分で調べる。
先輩の背中を見て覚える。
それが当たり前だった時代もありました。
だからこそ、
「どう教えればいいんだろう。」
と悩みながら教えている人もいるのかもしれません。
教える側も、教わる側も、誰かを困らせたいわけではない。
育てるというのは、答えを渡すことではなく、一緒に歩くことなのかもしれません。
みんな一生懸命だからこそ、すれ違ってしまうことがあるのです。
「見て覚えて」が苦しい人もいる
そして、そのすれ違いを大きくしてしまう理由の一つが、「覚え方の違い」なのかもしれません。
「一度見れば分かる人」もいれば、実際にやってみることで覚える人。
手順を言葉で整理しながら理解する人。
何度か確認しながら少しずつ身につけていく人もいます。
覚え方は人それぞれ違います。
だから、「見て覚えてね。」という教え方が合う人もいれば、それだけでは理解が追いつかない人もいます。
一度見ただけでは覚えられない。
間違えるのが怖くて、なかなか手を動かせない。
「もう一度確認してもいいですか。」
その一言を口にするだけでも、勇気が必要なことがあります。
それは、楽をしたいからではありません。
できるようになりたい。
迷惑をかけたくない。
だからこそ慎重になり、確認を重ねようとしているのです。
人より覚えるのが遅いのではなく、自分に合った覚え方を探しているだけなのかもしれません。
そして、その「分からない」を安心して言える環境があるかどうかで、人は少しずつ前に進めます。
楽をしたいのではありません。壊れたくないだけなのです。
「分からない」と言えない空気
けれど、その気持ちはなかなか言葉になりません。
覚え方は人それぞれ違います。
だからこそ、本来なら「分からない」と言えることが大切なのかもしれません。
けれど、それが難しい職場もあります。
忙しそうに動く先輩。
次々と進んでいく仕事。
声をかけるタイミングを探しているうちに、「今じゃないかもしれない。」と遠慮してしまう。
「また手を止めてしまうかな。」
「忙しいのに申し訳ないな。」
そんな気持ちから、質問を後回しにしてしまうことがあります。
その結果、分からないまま仕事を続けてしまい、思わぬミスにつながることもあるのです。
本当は、仕事が怖いわけではありません。
怖いのは、「質問すること」になってしまっている。
そんな職場もあるのではないでしょうか。
安心して声をかけられる雰囲気は、仕事を覚える速さだけでなく、「挑戦してみよう」という気持ちも育ててくれるのかもしれません。
必要なのは「安心して聞ける環境」なのだと思います。
「分からない」と言えない理由は、問題は能力ではなく、空気なのかもしれません。
大切なのは、安心して聞ける空気
教育は知識を渡すことだけではない。
「何回でも聞いていいよ。」
「今なら手が空いているから、一緒に確認しよう。」
「最初はみんな分からないから大丈夫。」
そんな何気ない一言があるだけで、張りつめていた気持ちが軽くなります。
質問しやすい空気がある職場では、「聞くこと」が特別なことではなくなります。
分からないことを確認しながら、一つずつ覚えていける。
その積み重ねが、自信につながっていくのだと思います。
安心して質問できる環境は、人を甘やかすものではありません。
安心して成長できる環境なのだと思います。
昔が悪いわけじゃない
ただ、必要なものが変わってきた。
だからといって、昔の教え方が間違っていたと言いたいわけではありません。
「見て覚える。」
「失敗しながら身につける。」
そんな教え方の中で、多くの人が仕事を覚えてきました。
その経験や考え方が、今の職場を支えていることもたくさんあります。
ただ、時代とともに仕事の内容は大きく変わりました。
覚えることは増え、システムは複雑になり、一人ひとりに求められる役割も広がっています。
だからこそ、昔と同じ考え方だけでは伝わりにくい場面も増えてきました。
昔が悪いわけではありません。
ただ、働き方が変わるなら、教え方も少しずつ変わっていく。
それも自然なことなのではないでしょうか。
「育てる」は、一緒に歩くこと
仕事を覚えることは、決して簡単ではありません。
教えることも、決して簡単ではありません。
教える側にも余裕がない日があります。
教わる側にも、不安で動けなくなる日があります。
だからこそ、お互いが少しだけ相手の立場を知ることができたなら。
「分からない」と言える人も増えるかもしれません。
「聞いてくれてありがとう」と思える人も増えるかもしれません。
誰かの「分からない」が、安心して言える職場。
そんな場所が、少しずつ増えていくことを願っています。

・はじめまして
心理について日々学び、発信している者です。日常にある「なぜ?」を共有したり、一緒に考えたり、少しでも悩みを軽く出来たら…なんて思って書き始めたのが最初です。私自身、ちょっとしたことを静かに深く考えてしまうような、「不可思議・謎めいた」または、世の中で言う、「考えすぎて損をするような」性格かもしれません。
・今頑張っていること
パソコンを使用し、発信をいくつか始めました。悩みや考えは尽きませんので、今後、ご紹介出来たら…なんて思います。今まで、「時間がない」「続かない」と諦めてきたものすべてを行動・実行しています。
・読者さんへ
このブログは、自信もなく、人間関係で悩み、将来が不安だった自分への振り返りと、エールでもあります。
共感はもちろん、共感できずとも、「こんな人もいるのね」「その考え方は面白いな」と誰かの記憶に残ったり、ふとした時に「ハッ」と思い出してもらえるような存在になれますように。
ちなみに、「なにそれ?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが…
私のMBTI Personalitiesは「INFJ-A」です。
人の気持ちや”言葉にならない違和感”を静かに考え、言葉にするのが好きです。「分かって欲しい」よりも、「分かろうとしたい」タイプ。
文章全体でINFJ感はかなり出ているかもしれません。知っている方は、「おっ」と思っていただけたら嬉しいです。
